いとーさんが1泊4日で関東に遠征に来ているが、もうとくに驚くことはない。栗橋には別日に行こうと思っていたが、乗っかったほうが面白いかなと同行することにした。送迎の時間に間に合うよう起床、お風呂に浸かってスマホを観ているともう現地についている様子。狂人のペースに合わせるのは不可能ということがよくわかる。
黒井さんときららさんは共に7頭渋谷以来と、気づけばご無沙汰になっていた。全体的に温泉興行を「経(へ)た」んだな、という質感があり、進化した『教習所』も『えっちなあいどる』も劇場でそんなことある?となる盛り上がりに。ペンラがあるといい(そんなことある?)ということだったので、現場で使うことのなかった宇○少女のペンラを供養がてら持っていったが、スター望月の手のなかでくるくるハートが光りながら回っているのを目にすることになった。
ささきさんが素晴らしかったので、忘れないうちに覚書。『Touch』と、初見の『シュガークラフト』の二個出し。
『シュガークラフト』M1中盤、ステージの左右に配された巨大な食器のうちスプーンを手にとって(というよりは抱えて)踊り出す。その際、スプーンの演者に向いている側には、ドレス姿のささきさんが映り込む。アイドルのコンサートの終盤で歌われるファンソングで、しばしばアイドルはインカメを使いながらステージを練り歩いたりするが、あれに近い印象を持つ。他方、スプーンの裏側に何が映っているかというと、もちろん客席である。両の鏡面は演者/観客の双方を、対置されるものとして断ち分けるように映し出している。
M3のベッドでは、M1からスカートの下のストッキングに差しているのが見え隠れしていた本来サイズのスプーンを使ったオナベに入る。時間が溶けてなくなるよ、と急かすような歌詞が入ってくるなか、ささきさんはゆっくりとスプーンを舌でねぶり、舐め上げる。大きさの違いはあれ、M1とM3のスプーンは相似形として捉えられることになる。そこには、M1で映された劇場のひとときそのものの温度を痕跡として身体におさめてしまおう…というような意思が喚起されるようでもある。二面の対となっていたはずの演者と観客は、ささきさんの口戯のうちに溶けてないまぜになっていく。その後、スプーンは(柄の側ではあるが)ささきさんの「身体」に、文字通り収められてしまう。
また、このシーンでは端的に、他者の身体に異物が突き立っていること、それに痙攣しながら反応する身体を見ることに対する、避けがたい違和がある。少なくとも快適とは感じがたい(むろん、その恍惚に憧れる心の動きもあるのにはちがいない)。他方、もう一個出している『Touch』M3の歌の入っていない部分で、観ている側が演者の呼吸へと合一していくよう促されるのとは対照的。こうした異なる類の引っ掛かりがもたらされる二個出しを交互に観られることの充実を早口オタク捲し立て口調で伝えたあと、じゃあカエルで、などとエロポラを複数枚撮る初めましての客